konpira


六月二十六日 はれ


こんぴらさんに行く。

785段の石段の248段目で呼び止められるが、声の主が見あたらない。

首をひねりながら、傍らの土産物屋をのぞいてみると、薄暗がりの中に老婆がいた。

丸椅子の上で器用に正座をし、居眠りをしている。

あの、今、呼びました? と、訊いてみるが、いっこうに起きる気配がない。


首をひねりつつ、尚ものぼっていくと、596段目でまた名を呼ぶ声がする。

立ち止まり、流れる汗をぬぐいながら脇の土産物屋を見ると、

またも老婆が丸椅子の上で眠っていた。

248段目の土産物屋で居眠りをしていた老婆と、瓜ふたつである。

双子だろうか、と思いつつ、声をかけるがやはり返事はない。


ようやく本宮に辿りつき、やれやれと汗をふきながら眼下の町を見渡していると、

いつのまにか隣に老婆がいた。

たった今目覚めたばかりのような顔で、ぼんやりと言う。

あやういところで。

は? 

あやうくカマドウマを踏むところ。

カマド?

ウマ。ほら、248段目と596段目で。

なるほど、それで呼び止められたのか、と合点する。


これも、こんぴらさんの思し召し。

ありがたい、ありがたい、と、呟く老婆と共に手を合わせ、

ありがたい、ありがたい、と、頭を垂れた。

じっくりと拝み、頭をあげると、すでに老婆は消えていた。


もしもカマドウマを踏んでいたら、いったい何がどうなったのか。

それより、カマドウマって何だっけ。

帰ったら獏に訊いてみよう、と思いつつ、

金八百円也の、鬱金色染めのお守りを頂いた。


帰ろうとして、ふいにまた呼ばれたような気がして振り向くと、

西日に照らされた御堂が、鬱金色に輝いていた。

あたしの手も足も、白いシャツも、みんな鬱金色に染まっている。


ありがたい、ありがたい、と呟きながら、785段の石段をおりていく。