久しぶりに、街に泊まる。
朝食を食べに行こうと、部屋を出ると、
ホテルの廊下の向うから、ワゴンがしずしずとやってきた。
シーツやタオルを山と積んだワゴンである。
あまりにのろい進み具合に、思わず足をとめ見入っていると、
ワゴンを押していた制服姿の女のヒトが、
すれ違いざまに、「ごきげんよう」と、ゆったり微笑む。
その物言いが、やけに気高く優雅なので、
つい、深々とお辞儀をかえす。
さげた視線で、そのヒトの足もとを見ると、
白衣に似た制服の裾から、品の良いレースのペチコートがのぞいていた。
最上階のブッフェ・レストランに行き、窓際の席に座る。
山の中に、美しい洋館が見える。
まるでお城のようである。
いったいどんな方が住まわれているのやら、と思いながら、朝がゆをすすり、
隣の席のご婦人たちのお喋りを、聞くともなく聞きながら、しらすを食べる。
ねぇねぇ、さっき廊下にいたの、お姫さまでしょ。
そうそう、パートなんだそうよ。室内清掃の。
あれで時給はおいくらかしら。
ははぁ、と、胸の中で合点する。
先程の女性は、お姫さまであったのか。
どうりで優雅だったはずである。
隣のご婦人がなおも続ける。
近ごろはお城住まいも大変よね。
それにしても、リストラだなんて。
ほんと、まさか王子さまが、ねぇ。
お、王子さまが?
なるほど、それでお姫さまがホテルのパートに。
リストラされた王子さまは、いったいどうしているのだろう。
今までが今までだけに、次の職を探すのは至難の業ではなかろうか。
ハローワークに通ったりもされているのか。
狭い部屋で皆と並んで、講習など受けるのだろうか。
剣は持っているのだろうか。王冠はかぶったままなのか。
あれこれ思いめぐらしながら、もそもそと玉子焼をつつき、味噌汁をのむ。
お城が、青々とした緑に埋もれている。