hanabi




縁側で、花火を見た。

夏を送る花火である。


こいびとが来ると、いつもは姿を現わさない獏が、

――といって隠れているわけではなく、どこかの物陰(豚の蚊遣りの中とか、

文箱の後ろとか、竹ぼうきの透き間とか)でひっそりと眠っているだけなのだが――

珍しく、今夜は縁側の端に腰掛けている。

こいびとは、その獏の姿を注視するでもなく無視するわけでもなく、

ごく自然に並んで腰をおろしている。

いったいいつのまに、ふたりは互いを受け入れたのか。

訊きたいような気もしたが、それは野暮というものです、と、

こいびとに言われそうだったので、やめておいた。


こいびととあたしは顎を高くあげて夜空を眺め、

獏はうつむいて、睡蓮鉢を見おろしている。

どうやら獏は、水面に映る花火を楽しんでいるらしい。

夜色の水の中では、赤い金魚がひらりと尾を揺らしながら、

さかんに顎(どこが顎なのかさだかではないが)をあげている。

金魚が見ているのは、夜空に咲く花火なのか。

それとも水面に揺れる花火なのか。

水の中から眺める花火は、いったいどんなものだろう。

ちょっと見てみたいような気がして、わずかばかり金魚を羨む。


いよいよ最後の2尺玉。

今か今かと息をとめて待っていると、

ふいに火の玉が天に向かって飛び立った。

あ、と、こいびととあたしが思わず声をあげるそばで、

獏が、えっ、と、声にならぬ声をあげる。

え? 

そう思いつつも火の玉を追う目の端に、ちらりと赤い金魚が見えた。

火の玉を追うかのように、まっすぐに天にのぼっていく。

高く高くのぼりつめ、どこまでのぼるつもりなのかと案じたとたん、

玉は弾けて花になり、夜空いっぱいに広がった。


あんぐりと口をあけるこいびととあたしと獏の顔が、

夕焼けのような色に染まっている。

どーん、と、遅れて音がやってくる。

音と共に、大輪の菊の花びらが、しゅわしゅわと夜空に溶けていく。


花火の消えた夜空に、ひとつふたつと星が戻り、

庭の草むらには虫の声が戻ったが、

赤い金魚は戻らなかった。


夏の終りの花火は、さみしい。