声
六月十五日 (はれ) 昨日の雨雲はどこへやら、あまりの晴天ぶりに、仕事を休むことにする。 会社に電話をかけ、もしもし、と、言うと、 もしもし、と、聞き覚えのあるようなないような声が言う。 あの、というと、あの、と返す。 ええと、というと、ええと、と、繰りかえす。 あなた、どなた、と、問いかけると、 急に声をひそめて、内緒話のように囁いてくる。 あたし、あなた。 あたし、あなた? はい、さようでございます。 今度はやけに威張っている。 電話の向うにいるのは、あたしであるらしい。 聞き覚えのあるようなないような声だと思ったのは、そのせいか。 いずれにしても、これで安心して会社を休める、と思ったとたん睡魔に襲われ、 あらがう間もなく、縁側に並べて干した座布団の上に倒れこむ。 汗だくで味噌をこねている夢を見て、胸苦しさに目覚めると、 みぞおちの上で獏が寝ていた。 口もとがかすかに微笑んでいる。 それにしても、よく寝る獏である。 枝折り戸の脇に繁る紫陽花が、七変化をはじめている。